みどころ
昼の部
『実盛物語』
源平合戦の最中、木曽義賢は平家の軍勢を相手に非業の最期を遂げた。
懐妊中の妻葵御前は百姓九郎助に、源氏の白旗は九郎助の娘小万に託されたが、
その後、小万の行方が知れない。
ここは琵琶湖近くの九郎助の家。臨月近い葵御前が小万の身を案じていると、
九郎助と孫の太郎吉が白旗を握った女の片腕を拾って戻って来る。
そこへ平家方の武将の瀬尾兼氏と斎藤実盛(勘九郎)が葵御前の子の詮議にやって来る。
この難を逃れようと九郎助の妻小よしは、袱紗に片腕を包んで葵御前が生んだとして差し出す。
瀬尾が憤慨するいっぽう実盛は葵御前を庇う。
さて瀬尾が去ると実盛は、先だって小万の片腕を斬り落としたこと、自分が元源氏の武士で、
白旗を守るためにしたことだと明かす。
そこへ運び込まれた小万の遺骸に太郎吉が片腕を繋げると、小万(七之助)は息を吹き返し、
白旗が葵御前の手に戻ったことを確認すると再び息絶えるのであった。
その遺骸を足蹴にした瀬尾は太郎吉に討たれるが、それには意外な真意があった。
そして実盛も、いずれ母の仇として太郎吉に討たれようと約束して去るのであった。
並木千柳と三好松洛との合作『源平布引滝』は、寛延二年(一七四九)に大坂竹本座で初演された
全五段の時代物浄瑠璃です。
中でも三段目の切にあたる『実盛物語』が有名で、斬り落とされた片腕の謎、小万の蘇生、実盛の本心、
瀬尾の素性などが劇的に展開していく一幕です。
『与話情浮名横櫛』
木更津の浜辺で浜見物をしているのは、この土地の親分赤間源左衛門の妾お富(七之助)。
ここへやって来た伊豆屋の若旦那与三郎(染五郎)は、鳶頭の金五郎(勘九郎)と偶然再会し、
飲みに出かけようとするところでお富とすれ違う。
互いに一目惚れしたふたりは、その後、赤間の目を盗んで逢瀬を重ねるが、
あるとき赤間の別荘でふたりの仲が露見する。
与三郎は赤間から身体中を斬り苛まれたうえ海に放り込まれてしまう。
与三郎が死んだと思ったお富は、木更津の海へ身を投げるのだった。
それから三年後。
お富は、江戸の商人和泉屋多左衛門に助けられ、ここ玄冶店で囲われている。
そこにごろつきの蝙蝠安と金を強請りにやって来たのは、身を持ち崩した与三郎。
偶然の再会に、与三郎は妾となったお富の不実を責め立てる。
すると意外にも主の多左衛門(愛之助)がふたりの間を取り持つ。その理由は―
「切られ与三」や「お富与三郎」という通称で親しまれるこの作品は、
嘉永六年(一八五三)、江戸中村座で初演されました。
与三郎の「羽織落とし」や「しがねえ恋の情けが仇」に始まる名台詞など、江戸歌舞伎の粋が随所に見られます。
若旦那与三郎と美しいお富の数奇な運命が人気の世話物をお楽しみください。
夜の部
『将軍江戸を去る』
幕末。江戸城無血開城が決まり、十五代将軍徳川慶喜(染五郎)は
上野の寛永寺で謹慎、翌朝には江戸を発つ予定である。
しかし、旧幕臣から主戦論の主張を聞いた慶喜は、恭順の意を翻してしまう。
それを知った山岡鉄太郎(勘九郎)は、急いで慶喜のもとへ向かう。
官軍との決戦を唱える彰義隊に遮られるものの高橋伊勢守(愛之助)の助けでようやく寺に入ると、
大慈院で静かに思案する慶喜にあえて挑発の言葉を投げかける。
激怒した慶喜が中へ通すよう命じると、鉄太郎は必死に真の勤皇思想を説き、
庶民のためにも江戸城を明け渡すように諫言する。
命がけの鉄太郎の意見に心を改めた慶喜は、江戸を発つ決意を固める。
翌早朝、千住大橋では、庶民や武士たちが慶喜を見送るために大勢集まっている。
鉄太郎も駆けつけ声を上げて泣くなか、慶喜は江戸の地への名残を惜しみながら、
水戸へと旅立っていくのであった・・・。
幕末から明治への変革という激動の時代を描いたこの作品は、
昭和九年(一九三四)、東京劇場で初演されました。
真山青果の晩年の作品で、慶喜と鉄太郎との緊迫感ある台詞の応酬が見事です。
今回、徳川慶喜を染五郎が初役にて勤めます。
日本の行く末を案じる人々の熱い想いと心の機微を描いた新歌舞伎をご覧ください。
『藤娘』
近江国の大津にある松の大木には、藤の花房が一面に垂れ下がっている。
その大木の前で、藤の枝を肩に、黒塗笠を被り振袖姿でたたずむのは若い娘姿の藤の精(七之助)。
美しい藤の精は、近江八景に事寄せながら、男の移り気を恨む切ない恋心を踊り始める。
また、恋しい人にお酒を勧められてついほろ酔い気分になった若い娘の嬉しさを藤音頭で艶っぽく見せる。
そして松尽くしの踊り、軽快な手踊りを披露するうちに、辺りはすっかり夕暮れとなり、藤の精は、
名残を惜しみながらどこかへ消えて行くのであった。
文政九年(一八二六)に江戸中村座で初演された五変化舞踊『歌へす歌へす余波大津絵』の中の一景にあたる『藤娘』。
原作は、大津絵の中から抜け出した藤娘が踊るという設定でしたが、
昭和十二年(一九三七)に六世尾上菊五郎が歌舞伎座で踊った際、
藤の花の精が藤娘として登場するという幻想的な解釈に改め、装置も演出も一新しました。
近江八景を詠み込んだクドキや艶めかしい藤音頭、テンポのよい手踊りなど、
女方舞踊の中でも見どころ溢れる名作です。
華麗な長唄舞踊をご覧ください。
『鯉つかみ』
釣家の息女小桜姫がうたた寝から目覚めると、志賀之助(愛之助)が現れる。
かねてから恋慕う人の訪れを喜んだ姫は、志賀之助とともに奥へ入っていく。
同じ頃、館に信田家の使者堅田刑部がやって来て、姫を信田家へ輿入れさせるよう所望する。
しかし家老の篠村次郎はこれを断り、代わりに名刀龍心丸を持参する。
次郎が刀を抜くと、奥座敷の障子に姫と大鯉の影が映る。
やがて奥から現れたふたりに、不審に思った次郎たちが志賀之助の正体を問い詰めると、
志賀之助は琵琶湖に住む年老いた鯉魚の精であると本性を顕す。
釣家の先祖に遺恨がある鯉の精は、釣家を滅亡させようと企んでいたのであった。
そこへ矢が放たれ、鯉の精に命中する。この矢を放った者こそ、釣家の若君で本物の志賀之助。
志賀之助は鯉の精の後を追い、鯉魚と激しい闘いを繰り広げる・・・。
『鯉つかみ』とは主人公が水中で鯉の精と闘うさまを主題とする作品のことで、江戸時代から人気がありました。
本作は、大正三(一九一四)年に東京本郷座で初演されたもので、本水を使いながらの激しい立ち廻り、
様々な仕掛けや早替りなどケレン味溢れる舞台です。
また今回は、愛之助の宙乗りという明治座ならではのダイナミックな演出も加え、お送りいたします。