魅力が満載! 思いとこだわりも満載!
炉ばた焼き店のセットが組まれた稽古場で、演出・石井ふく子を葛西聖司が直撃。
石井ワールドの秘密に迫ります。
ダイナミックかつ緻密な台本と演出で、三姉妹が営む炉ばた焼き店で巻き起こる騒動を描く『おんなの家』。
長い歴史を持つ名作は、素敵なエピソードの宝庫でもありました。
格別な思いがある作品です
- 葛西
- 『おんなの家』はテレビドラマからスタートした作品です。どういったきっかけで生まれたのでしょう?
- 石井
- 橋田(壽賀子)さんとたまたまご飯を食べに行ったお店が、顔の感じが似た男の子たちがやっている炉ばた焼きで、聞けば兄弟だというんですね。帰りに、あれをドラマにしたら面白いわね。でも、男じゃつまらないから女性にしたら、という話になったところからスタートしました。
- 葛西
- 杉村春子さん、山岡久乃さん、奈良岡朋子さんが三姉妹を務め、東芝日曜劇場で最初に放送されたのが昭和49年。以降、シリーズものの単発ドラマとして長らく続き、日曜劇場の単発ドラマ枠最終回を飾ったということは、石井さんの中にも格別の思いがあったのでは?
- 石井
- ありましたね。
最終回は炉ばた焼き店のお客さんとして、ゲストの方もたくさん出てくださって。鴨下信一ディレクターがどうしても最後にチラっと出ろと言うので、ラストシーンには私も出ているんです。杉村先生達がお店に暖簾を掛けているところを「春になりましたね。お変わりないですか?」と言って通る役。もうドキドキしました(笑)。
一人っ子の私の、姉妹というものへの憧れもあり、最も好きな作品の一つになっています。
- 葛西
- そんなテレビのまさに黄金時代を築いた作品が、同じ配役の三姉妹。名鉄ホールで舞台として産声を上げたのが昭和53年。以降、様々な顔ぶれで何度も上演されてきましたが、明治座には今回が初登場。長女の梅を演じる高島礼子さんも今回が『おんなの家』初出演です。
- 石井
- 高島さんには、明治座の『女たちの忠臣蔵』と『春日局』に出ていただいているんですが、両方ともあまり感情を表に出せない役だったんです。それで今回、梅をお願いしたんです。いつもみたいに演じるんじゃ面白くないじゃない? と言って。そうしたら、見事にはじけてくれて(笑)。
- 葛西
- わがままな、長女役です(笑)。
- 石井
- 劇中に色々な歌も出てくるので、高島さんには美空ひばりさんの曲も歌ってもらう予定です。演出も今回の三人のキャラクターを活かして、変わっていくと思います。
- 葛西
- 〝石井ファミリー〟ではお御馴染みの三女役の熊谷真実さんと、四女役の藤田朋子さんは、『おんなの家』経験者。お二人は、普段はどんな方なんですか?
- 石井
- 熊谷さんは、演じる役は一番落ち着いたしっかり者ですけれども、本人は全然違いますね(笑)。逆に、藤田さんはすごくしっかりしていて、きちんと家庭を持っているという感じ。とにかく皆さん、一生懸命取り組んでくださり嬉しいです。役者は我々スタッフの代表。厳しいことも言いますが、役者がチャーミングに見えなければ、絶対良い芝居にはなりませんから。
- 葛西
- 〝厳しいこと〟といえば、今回もやはり「最初の本読み稽古の時はいいけれど、次に集まる時には台詞(セリフ)を全部覚えてきなさい」とおっしゃったんですか?
- 石井
- 一番はじめに言いました(笑)。しゃべりながら動けないと稽古にならないので。橋田さんの台本は台詞の量が多いんですけれど、構成力がすごくて削れない。台詞の間にどういう芝居をするかが課題になってくるんです。
小道具や差し入れにも石井流のこだわりが
- 葛西
- 恐るべき九十代パワーのお二人ですね。現代劇を再演する際は、やはり台本や演出にもその時々の世相を反映されるんですか?
- 石井
- そうですね。三姉妹を悩ませる相続税額は時代によって変わるので、毎回ちゃんと税理士さんに見てもらっています。
- 葛西
- それがとんでもない額で、お店が存続危機に陥るという……家庭劇も実はかなり大きな問題を孕んでいます。
- 石井
- ええ。ですから私は絶対に、家庭劇で人殺しはやらないんです。心理的なサスペンスは、家庭の日常にも十分ありますからね。
- 葛西
- 現代ドラマの時は、ご自分でデパートに日用品を見に行かれたりもするとか?
- 石井
- どういう家族なら、どういうものを使うのか、気になるんです。実は昨日も、自分であれこれ買ってきました。タオル、それから、佃煮の瓶詰とか……。
- 葛西
- すごい……もしや、差し入れのおにぎりを自分で作るという〝伝説〟も健在では?
- 石井
- ふふ(笑)。今日、持ってきました。具はタラコとほぐした焼き鮭と細切り昆布。
- 葛西
- 美味しそうですね! お米にもこだわりがあると伺っています。
- 石井
- お米にはうるさいですよ(笑)。おむすび作りは、うちにいる者に手伝ってもらいますが、お米はなるべく自分で研ぐようにしていますし。やっぱり、美味しかった、また持ってきてね、なんて言われると、そこに何だか不思議なものが通ってくるんですよね。
- 葛西
- 石井ファミリーの結束力の秘密は、そんなところにもあるんですね。食べ物と言えば、炉ばた焼き店のリアルな雰囲気を出すために、テレビドラマはもちろん、舞台でも初演の時から実際に食材を焼いていたとか?
- 石井
- ええ。ですから煙も出ますし、客席のお客様は匂いを嗅ぐのでお腹が空くんです(笑)。
- 葛西
- その炉ばた焼き店の上に住居がある二階建ての一軒家のセットもまた、リアルですね。
- 石井
- そうですね。二階の生活空間では、お店では言えない本音をぶちまけるので、よく喧嘩も起こります(笑)。喧嘩のシーンは物を放ったりして、派手におかしく作ります。すごくおかしいことを、姉妹が一生懸命にやっている、というのを見せたいんです。
- 葛西
- はたから見るとおかしいけれど、本人たちは真剣。まさに、人間ドラマですよね。その生活空間に置かれた仏壇の遺影にも、隠れたエピソードがあるとか?
- 石井
- はい。遺影に私の父(伊志井寛氏)の写真を使っているんです。テレビの仕事ばかりしていた私に、父はある時、自分が出た日曜劇場のドラマを舞台にしたいと言い出したんです。しかも私に演出をやれと。
- 葛西
- 事前に何の相談もなく?
- 石井
- ええ。すぐに断りましたが、父があまりに言うので、結局は引き受けました。
- 葛西
- お父様の要望から〝演出家・石井ふく子〟が始まったわけですね。
- 石井
- 明治座は、そんな父が最後に舞台に立った劇場なんです。作品は平岩弓枝さんの『夜のさくら』(昭和四十七年)で、演出は私。入院していた父は、初日と四日目の舞台だけはなんとか気力で務めましたが、あとは代役に立ってもらい、その千穐楽に亡くなったんです。
- 葛西
- 石井さんにとって忘れられない劇場なんですね。
- 石井
- ですから明治座でこの作品をやる時は、父の遺影を飾りたいと思っていました。どこかで父が見ているように思います。
- 葛西
- 素敵なお話をありがとうございました。『おんなの家』公演、とっても楽しみになりました。
取材・文:岡﨑香/撮影:江川誠志
《石井ふく子 プロフィール》
テレビプロデューサー、舞台演出家。1926年、東京府東京市下谷区(現・東京都台東区下谷)出身。1961年にTBSへ入社し、プロデューサーとして『肝っ玉かあさん』『ありがとう』『おんなの家』など数々のホームドラマをヒットさせ、脚本家・橋田壽賀子とコンビを組んだ『渡る世間は鬼ばかり』は1990年の第1シリーズ放送以降、27年にもおよぶ長寿番組となる。1968年からは舞台の演出も手がけるようになり、近年の明治座公演では『女たちの忠臣蔵』(2012年)、『かたき同志』(2013年・2015年)、『春日局』(2015年)、『おたふく物語』(2016年)などが上演されている。
《葛西聖司 プロフィール》
古典芸能解説者。東京生まれ育ち。NHKアナウンサーを経て、現在は司会、ナレーション、朗読、インタビューなどとともに、イベントの構成にも携わる。特に日本の伝統文化や古典芸能についての造詣は深く、解説や執筆活動にも取り組み、公開講座やセミナーを全国展開している。
【著書】「僕らの歌舞伎」(淡交社)「文楽のツボ」(NHK出版)「名セリフの力」「ことばの切っ先」(展望社)ほか